ソフトウェアにおける機能と芸術性

今世界で最も注目すべき話題はBRICS銀行の動向だろう。東京にいるとそんなこととはまるで無縁のように感じられてしまう。メディアを中心にそういった世界の大きな風の流れをセルフディフェンスのようにふわりと何事もないかのように受け流す在り方がこの国の閉塞感を作り出すひとつの要因になっている気がしている。ドル中心の経済は数年後には大きく様変わりしているのだろうか。

ところでソフトウェアにおける機能とは車にとってのエンジンやステアリングといったものに過ぎない。
すべて揃って動けばそれは車と呼ばれるがそれだけでは車でしかない。だから私たちは多様な車を生み出し、選ぶ。シート、ハンドル、ペダルの位置関係やハンドルを切る重さ、エンジンの音、サスペンションの効き具合、そうしたものをトータルでイメージして具体化するということがソフトウェアにも求められるはずだがそういったデザイン性、つまり体験をデザインするということがあまり重視されていない。このデザインは技術と深く関わっている以上いわゆるデザイナーというよりむしろエンジニアこそ手がけるべき領域である。もっとソフトウェアが芸術であるという理解がされていいし、エンジニアはアーティストと認知されるような仕事をしていかなければならない。
そしてそれができるのは多くの場合個人である。

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