なぜ円は安くなったか 取り残される人々 激動の時代の始まり、塗り替えられる勢力図Ⅱ

大塚一輝 Blog - なぜ円は安くなったか

(2022年2月18日ラハイナにて)

ラハイナは天国への寄港地のような場所で、米国ハワイ州のメインランドから飛行機で東に40分飛んだ離島マウイの南岸にある。

島で最古のコアの木が円形に広がるバンヤンコートの周辺、フロント通りには、朝も夜もバンド演奏が穏やかに鳴り、みな日々追いかけてくるものを忘れ、空と山々と海の運ぶ空気に包まれている。

3千キロ四方に大きな陸地の存在しない、この世界で最も孤立した場所は科学研究の言わずと知れたメッカで、火山島として誕生した7500万年前から5万年ごとに1種が飛来、生態系に適合し、ポリネシア人が到達した1500万年前から数千種が新たに持ち込まれ、6千種の独自の種と、わずか一島に冷帯気候以外のすべての気候環境を有した、稀有な環境を形成する。下降気流と適度な偏西風は青い空と乾いた風と色鮮やかなブーゲンビリアをありふれたものにし、かくしてこの地は楽園となった。

人々は人生の仕事をやり終えたとき、物心がついた頃から背負ってきた期待や知識、欲望を捨て、シンプルな生活に回帰する。多くの生物種に生の段階があるように、人間にもそれがある。ただ、人間の場合は、それを選択することができる。

ここから車で1時間ほど東に海岸線を走ると人静かなマーラエアの港がある。

老婦人にベーグルをオイル少なめで焼いたサニーエッグ付きで作ってもらい、シングルビーンのコーヒーを一杯飲んで段取りを整理してから97番目のスリップに停まる船に乗る。クルーの話では,電話ごしに滑らかに笑うオーナーの妻は日本人らしい。どこか特別な親しみを感じ取れるのは、70年代の外貨交換規制緩和とバブル経済で全旅行者の48%をも占めた顧客としての記憶というよりは、戦前のマルチエスニック社会で4割を占めた日系人の血を引く人々が、今も10%以上も存在する因果に依るのかもしれない。合衆国併合前のたかだか200年前は超大国スペインが覇権を争った。歴史は瞬きするような時間で様相を様変わりさせる。

シリコンバレーに居た2011年頃、円相場は1ドル75円の最高値を記録した。それから約10年が経ち、円は1.5倍のオーダーで安くなった。国内で物価変動を実感することは稀だが、海外では何もかもが割高になった。なぜこのようなことになったのだろうか。

2001年の小泉政権下での量的緩和開始以降、それまで同等に推移していたドル円の購買力平価と実勢相場の差が拡大を続けた。輸出物価の購買力平価 (インフレ率や貿量額で重みづけし、一物一価の法則が成り立つ時の為替相場を算出した指標)は通貨の実質的な購買力を表す。2022年現在、1ドル=113~116円の為替レートに対し、1ドル=60~70円*だから円は実力の6割しか出せていないことになる。日銀はインフレ目標を達成するために量的緩和を繰り返してきたが、マネタリーベースと物価が無関係であることは結論が出ている。実際、日銀も2003年にゼロ金利下での量的緩和、マネタリーベース・チャネルとその経済効果を検証した論文**を公開しており、そこでは明確に、マネタリーベースを増やしても効果は極めて限定的かつ不確実である、と結論付けている。

* 国際通貨研究所のデータによる

**「The effect of the increase in the monetary base on Japan’s economy at zero interest rates: an empirical analysis」

にも関わらず、2006年の解除後、再び2013年の第二次安倍内閣発足とともに量的緩和は再開、金融政策は自民党政権に屯する御用経済学者らのプレイグラウンドとなった。彼らは悪くない。多分国家のことを考えて真剣に取り組んでいる。ただ、少し思考の問題で、複雑なシステムを捉えられず、単純化したモデルが現実に当て嵌まると、思い込んでしまっているのだ。

悪貨は良貨を駆逐し、そして通貨は供給される。

過剰なマネーサプライは通貨安だけでなく金利の低下を生み、円で借りリスク資産に投機する流れを生む。実際に2009年のゼロ金利下でサブプライムローンなどドル建ての債権が、元は低金利で借りた円で買われた状況がこれに当たる。結果、バブルは崩壊し、幸いにもリーマンショック後に無事円は買い戻されたが、この清算に海外投資家が失敗した場合、円を用立てした日本の金融機関は最終的なババを引き破綻する潜在的なリスクを負っている。日本の無担保コールレート(金利)は今もほぼゼロに近く、先進国の中でもスイスに並び異常に低い。リスク資産が買われると当然資産価格は上昇する。市場にはマネーが溢れているしリスクプレミアムも下がっているから価格はさらに上昇し、バブルが形成される。そしていつか必ず破れる。こうした余剰マネーを集める投機的資産の本来価値はずっと低く、需要を維持しつづけることはないからだ。

だから、マネーサプライを過剰に続ける限り、バブルは今も膨らんでいる。2010年代に膨らんだ分は、パンデミックで解消するタイミングが流れ、ゲージは2周目に入ってしまった。次に崩壊する時はその分、影響力もいっそう大きいだろう。

それでも円安で景気が良くなる、といった議論が未だ消えないのは、循環する経済の流れの局所を見てそれが全体最適だという錯覚に陥っていることに依る。百万円で物を売る時、1ドル=百円なら1ドルが手に入るが、1ドル=五十円なら2ドルが手に入り、輸出を善とする価値観では正義でも、こうした重商主義は18世紀に片が付いている。

円が弱く、購買力が低いことのミクロな弊害は、潜在的なリーダーが国内に引き留められ、その影響は質的に無視できない。日本はゆとり教育改革でエリートと非エリートの詰め込み負担を減らしたが、平等主義に忖度し、能力階層差に分離することを拒んだことで無に帰し、エリート層の脱近代化に失敗した。賢明な親は子を国外に遣ろうとする。弱い円はそれを困難にする。都市非都市間の情報格差は埋まったが、今や将来世代の経済格差は私塾より英語圏での国外教育の可否という形で現れる。安い円は個人や企業を国内に引き留める。

私たちの奇妙な形をした島国は、ある種の楽園でありながら、平等主義と日和見主義の蔓延する桃源郷となった。私は母国を愛しているが、英語圏で日本人と会話することは、次第に耐え難さを増している。この傾向は他言語能力に比例し強まるはずだから、円の供給と違って以後緩和することはない。トッドが「世界の多様性」で論証したように日本とドイツは5つの家族構造の中で直系に属する。世界経済の中でGDPの推移も産業構造も類似したこれらの国に感じる共通した感覚は閉塞感と無関係でなく、デバッグ可能な社会制度というより、出荷時に書き込まれる不揮発性のプログラムのような、幼少期を過ぎるまでに確立する人間の性分に起因する可能性が高い。だとすれば想像以上に問題は根深く、正常な感覚を保ち続けるためには、移動し続けることが何より重要だ。

クイーン・カーフマニュセンターでバスを待っている間に話しかけてきたブロンドの人懐こいアメリカ人女性カトリーナは、シアトルからの直行便でバケーションで来ていて意気投合した。日本が好きかと聞くので、「日本は愛しているが安全過ぎて退屈な社会だ」と言うと、何それおかしい、と言うように笑った。

2019年の初頭、INF条約に違反しロシアが中距離核戦力ミサイル発射システムの開発を開始した際、超大国の終焉が近いこと、ロシアと中国、北朝鮮らのリスクの高まりを論じた。

(20年後の世界と取り残される人々 激動の時代の始まり、塗り替えられる勢力図)

その後、同様に危機意識を持つ人物はこの国には見つけることはなかった。

そして先週、西側が派兵をしないと宣言するや勝機と見たロシアはウクライナへの侵攻を開始した。米国の経済力と軍事力を背景にした安全保障による世界平和のレジームは終焉し、新しい時代に突入したことに、世界は気づき始めた。ウクライナは核戦力を放棄して手に入れたはずの安全保障が無効だったと知り、EU加盟に救いを求めた。この傾向は巨大テック企業からの徴税が益々困難なことに由来する、民主主義国家の脆弱性による超大国の終焉によって、さらに加速する。

非民主主義国家中国には軍事力経済力ともに覇権国家に接近しながら、これまでの米国の役割を代替する意志はない。北京のリーダーは2023年に迫る全人代があるため慎重な姿勢を取るだろう。それでももし彼らが動いた時、世界は混沌の渦に包まれることを覚悟しなければならない。

そして日本は地政学的に重要な場所に位置し、また核戦力を放棄して安全保障の傘下に入った点でウクライナと相似である。北方領土に侵攻されたとしても主権領域外としてNATOによる防衛機能は動かないだろう。

百年にも満たなかった、平和の時代の終焉、超大国に身を委ねれば平和でいられた時代は、歴史の行間に存在する儚いひとときであった。

私たちは閉ざされた世界から脱し、自分自身の足と目と思考で、真実を知る感覚を研ぎ澄ませている必要がある。

*ウクライナ問題については3/1に追記

自然と人工物

 

自然と人工物は相克してきた。少なくとも近代的な価値観では。

“例の問題”に再び向き合いはじめ、昨年初頭前稿を書いてからしばらく経った頃、ひとつの仮説を見出した。詳しいことはここには到底書くことができない。やや具体的には、進化のより進んでいることを示唆する信号、自然物とそうでないものを区別する信号、そしてそれらを支配する情報の保存と伝達のシステム、とりわけ、知能を持つ生命やその身体の発する振動あるいは草木と風の送受信する振動。かつて、生態学者の間には森は安定状態、あるいは復元性=resilienceを全体最適化するひとつのリダンダントなシステムであるという理論があった。現象にはメカニズムがあり、鳥や人間の歌もまた、系のルールに従っている…。昨年冬はマウイ島やメキシコ湾に、必要なデータを採取しに行くことを計画し航空券も手配したところで機会を逃し、そうこうしているうちにパンデミックで空路が途絶え、極東の奇妙な形をした島に隔離されてしまった。

2019年1月の前稿20年後の世界と取り残される人々 激動の時代の始まり、塗り替えられる勢力図』では中国をめぐる脅威、既に2014年には世界一だった購買力平価(PPP)ベースのGDPと、増大する経済力・技術力を背景に南シナをはじめ急速に軍事力を拡大していることを書いた。それから日本国内でこの問題を案じるような人物にはついぞ出会うことはなかった。

前稿から1年半の間、世界はさらにどこかの地に歩みを進めた。昨年4月に香港では逃亡犯条例改定案を契機にデモが過激化し、今年6月に香港国家安全維持法が可決、香港での反中国的言動の自由は事実上禁じられた。1月には習近平が一国二制度による対台湾政策を提示、蔡英文はこれを否定、その後蔡は台湾総統選に勝利したが、今も統一か独立宣言による武力侵攻かの危機に晒されている。昨年3月には米ソ冷戦後初の特別な危機委員会となる「Committee on the Present Danger: China (CPDC)(現在の危機委員会:中国)」が米国で設置、今年8月には中国ファーウェイ社製の通信機器にバックドアが仕込まれているとし、関連企業への禁輸措置を強化、米国からの半導体やソフトウェアの同社への供給を全面禁止した。世界はすでに冷戦の様相を呈している。

私たちの社会は、2050年までに高密度化する都市とロハス的理想郷としての陬遠地域の二局構造に収斂していくだろう。今とりわけ九州のある地域を足がかりに検証している。二元論的な、あるいは要素還元主義的な、文明というある種の生態系システムへの再考に、人間社会は直面する。そのことは人間と、ネットワークを流れる情報を含む、人間以外のあらゆる全てとの関わり方について再考の機をもたらした。今から17年前、高校三年の時、この近代合理主義への問題を懐柔できず彷徨する羽目になった。森や草木の遠望される形態は、高解像な4K映像を通じて、45億年の進化に裏打ちされた、圧倒的な正義として表示される。ピクセル密度の変化は「画素数」という一見してリニアな量的変化を超えて、何か質的な変化を私たちにもたらしているように思える。周波数知覚の認知が可聴域限界を閾値として、いわば「相転移」するかのように。そうして見える空撮映像は、文明という人工物の「玩具」に過ぎないことを露呈してしまった。

人間が自然と仮に区別されるというなら、自然に人間という存在が勝るのは、おそらく時間の意識においてだろう。シリコンバレーでは、1台も車を販売していないEVの企業や、殆ど誰も何をしているか不明なデータ分析企業が、この数週間の間に上場した。これはある意味での、すなわち現代の「芸術」の構造そのものだ。モダンアートとは、人間の作り出すポイエーシスを、オークションで落札するほど価値あるものと信じ込ませる行為に他ならない。皮肉なことに、知能をもった生き物は脳内に現在と別の瞬間をシミュレーションすることができるので、それが夢となる。
そして人は夢に資源を惜しまない。
 
それはあなたの子孫であるかもしれないし、何か普遍的な問題であるかもしれない。
 
 
 
 
 
 

20年後の世界と取り残される人々 激動の時代の始まり、塗り替えられる勢力図

大塚一輝Blog - 20年後の世界と取り残される人々 激動の時代の始まり、塗り替えられる勢力図

カイロは西のピラミッドを望むギザ地区から、2011年にナダルの事実上独裁政権を降ろしたエジプト革命の中心地スクエアを通り、西の新都市ニューカイロまで100kmほど車で横断すると、5000年の人類の歴史をパノラマで見ているようで感慨深い。

東に進むほど道路脇の看板は英語で書かれ、まるで南国リゾート地のようなパースが並び、背後の砂漠がリゾート地に変わることを夢見させる。

2013年のクーデター以降、シシ政権下で生まれた都市だ。ここにユダヤが流入し、10年後にはドバイに並ぶ中東の中心都市となるだろう。

彼らの顧客は世界に開かれている。

この観光客のほとんど訪れることのないEl Shoroukエリアに住むのは多くが多国籍企業に勤める人々だ。

彼らは思考様式も顔つきも所作も、西側の人々とはまるで異なる。

こうした人々と話をしていると、その土地に依拠した仕事をする人々、世界企業コミュニティ、グローバルクリエイティブな個人(超ノマド)、の3つの階層に人々は分断されつつあるのが明白になる。国際社会では英語で母国語同等の速度で自分のアイデアを話せなければ重要な人物とはみなされない。

世界が急速に変化している中で、今や先進国の中で取り残されつつあるのがヨーロッパと日本だ。

今、ほとんど戦争と言えるほどの激動さをもって世界の情勢が様変わりを始めている。

名目GDPはIMF World Economic Outlook Database(2017)によれば、

  • 1位 米国19兆ドル
  • 2位 中国12兆ドル
  • 3位 日本5兆ドル

であり、中国が米国に追従しているかのように見える。

しかし、物価の差を考慮した購買力平価(PPP)ベースでは2014年には中国は米国を抜きトップになっている。最新のランクは、

  • 1位 中国23兆ドル
  • 2位 米国19兆ドル
  • 3位 インド9兆ドル
  • 4位 日本5兆ドル

成長率では米国2%に対し中国7%であるから、名目GDPでも数年以内に米国を抜く可能性が高い。

GDPは単に経済的な競争力を示すものではない。GDPが重要なのは、その余剰が軍備に回され軍事力に転換される点にある。

中国はすでに戦闘艦艇の数で米国の約2倍を保有している。対艦攻撃力ではアメリカ軍を超えたと言われ、PPPベースのGDPで米国を抜いた2014年には南シナ海に7つの人工島の建設を開始、2018年までの4年間で米軍の接近を阻止する地対艦ミサイルを配備、南シナの制圧をほぼ完了させている。

2018年、韓国文政権は米国の意向を無視し北朝鮮と連帯を強める政策に出た。朝鮮半島は特にロシアの南下を脅威としていた帝国主義の時代までは米国にとって地政学的に重要だったが今はそうではない。ロシアの影響力が低下した今ではその地理的優位性は下がり、米韓同盟がアメリカの国益において重要でなくなった。

トランプ政権はこのため朝鮮半島からの撤退を示唆しており、在韓米軍は2019年に撤退する可能性がある。

同時に経済力軍事力ともに米国と互角となった中国、および中国が援助する核兵器というカードを持った北朝鮮の2国間との連帯を強める方が韓国文政権にとって得策と見ているのだろう。韓国はより中国に歩み寄る。

3国内で中国が交渉力をもっているから、中国の地理的弱点である半島の南西側の平地に壁を作る目的で38度線を維持する力学が働き南北朝鮮統一は行われない。

中国は北朝鮮と韓国への支援を続け、この3国は独立を維持したまま連帯する。

在韓米軍撤退のシナリオでは中国への牽制力が弱まり中国側に好機をもたらす。

技術力では中国はソフトウェア、韓国はハードウェアと通信で世界トップであり、核ミサイル技術をもつ北朝鮮を傘下におくことで合法的に核武装も完了している。

データ主導のソフトウェア時代では民主主義国家よりも独裁に近い国家が有利である。

日本がもつ唯一のカードは米国に地理的に極東の軍事拠点を提供することであった。

一方で2018年10月には7年ぶりに日本政府の中国への公式訪問が行われ日中協調路線を復活させたように見えるが、中国政府にとってこれが建前に過ぎないのは国家主導による経団連へのサイバー攻撃からも明らかだ。

日米保安条約の限りでは日本の領土への米軍基地提供に選択権はないが、台湾と同様軍事的に対中姿勢を取るか、米中のパワーバランスに従って軸足を調整する戦略をとる以外にない。

いずれにしてもこれまで同様プラグマティズムに終始する。

朝鮮半島からの米軍の撤退如何が鍵になるだろう。

世界は急速に変化している。

個人ができることは、いつ没落するとも知れない国家やローカル文化に依存しない普遍的な力を手に入れ、世界とつながることだ。

より具体的には、言語、テクノロジー、グローバル感覚、の3つの力が必要だ。

日本語圏でのコミュニケーションの殆どがローカルでしか通用しないコンテキストで構成されてしまっているから、まずはここから脱却するところからはじまる。

そして数万大規模のコンピュータクラスタによって世界の情報を処理できるシステムを自国の内部に持たない国家は情報テクノロジーで優位に立つことはなく、新たな帝国主義の時代が来るにつれ属国となるより道はない。

劇的な変化は10年以内に少なくない確率で訪れる。20年後にはまるで違う風景が待っているだろう。