パブロフの犬という実験をご存知だろうか。パブロフは1904年に最初のノーベル医学生理学賞を受賞したロシアの生理学者だが、犬を対象に餌と唾液分泌の関係を調べているうちに餌を与える係の学生を見るだけで犬が唾液を分泌すようになることを偶然発見し、この生理現象を先天的な「無条件反射」に対して「条件反射」と名付けた。

つまり一定の条件が与えられるとその条件に結び付けられた回路をパルスが走り、特定の行動や感覚を引き起こすというものである。
これは人間にも起こることはしばしばレモンのイメージを与えて唾液線を刺激するような実験で説明される。

さて、条件反射を喚起するというテーマであるが、即ちこの生物がもつ条件反射のメカニズムを応用し自己や他者の情動に変化を与えることができれば自分を含めた人を動かすことができるということになる。
レモンをイメージさせて唾液を分泌させるように、ある任意のイメージを想起させてターゲットとする感覚を引き起こし、期待する行動へと誘導する。
ある共通の文化的背景の中で多くの人が後天的に身につける条件反射のパターンというものが確実に存在するので、そのパターンに嵌め込むということである。

その際に無視できないのは織り成される言葉がもつイメージ喚起力である。人は小説を読むと脳内に像を描き、時には登場人物が経験する感覚に自身の感情を半ば無意識的にシンクロさせてしまうということがある。またギリシャ神話で用いられた物語のパターン-少年が旅立ち自らを鍛え悪に立ち向かい真の父親に出会うというパターン-では条件反射的にアドレナリンを分泌させるので数々の物語に応用されている。(忠実に従ったものとしてSTARWARSが有名であるのだが)

ローコンテクストな芸術作品を見た時にアーカイブの量と質によって感じ方が異なるのもこのメカニズムによるものだろう。吸収してきたアーカイブによって後天的に作られる回路がそう感じさせるのである。一方で長調では明るく、短調では切ない感覚を覚えるのは無条件反射に属すると思えるがこの辺りはドーキンスの進化論で示された文化ミームとの関わりから後ほど詳しく書くことにしたい。