コントロール可能な時代

私はコントロールできないことが嫌いで、大抵のことは努力すれば変えられると思っているのだが出自や血縁関係だけは動かせない。例えば人間の脳は一般に3~5%しか使われていないので、サラブレッドでなくても人一倍鍛錬すれば競走馬になれるが農家の生まれでは貴族の血を引くことはできない。

私の育った家庭は高度成長期の終わりに東京のベッドタウンに家を建てたサラリーマンの家庭というある時代の典型的なパターンを踏んでいて、この事実はもちろん変えることができないし、どれだけ過去に遡っても自力では変えられなかったことだ。誤解のないように、変えたい変えたくないという話ではなく、どう努力してもコントロールできなかったものがあるということに過ぎない。

より広くはこの国この時代に生まれたことも変えようがないもののひとつであり、我々が高度情報化社会の時代を迎えつつあり経済的に豊かな日本という国に生まれたこの変更不可能な事実は逆説的に私達の境遇における変更可能な範囲を広げてくれていて、それはある意味で感謝すべき奇跡であり、同時にコントロールできなかったものである以上甘んじて黙認できないものでもある。

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