国境は多い方がいい

中学の頃友達が水槽でグッピーを飼っていた。

グッピーは赤い餌を食べると体が赤く変色し、青い餌を食べると青いグッピーになった。体の色をコントロールされた赤と青のグッピーが入り混じる水槽は、人為的に自然が操作された神秘的な世界として映った。

 

もし仮に世の中のグッピーが赤い餌だけを食べていたらどうだろう?全ての水槽のグッピーが赤であるとき、彼らの水槽内という市場での価値は一律に下がるはずだ。

あるグッピーは他の色のグッピーによって絶対的な美しさを増している。

少なくともインターネット内では(いずれクラウドが巨大化するにつれ国家のような役割を演ずるかもしれないが)、国境は限りなく曖昧になり、それが均質化を産んでいる。かつて衛星からのネットワークを使って世界に放映しアメリカンカルチャーを急速に浸透させたMTVのように。

つまり国境はないことが善という考え方が一般的だがそうは思わない。むしろ国境のようなものがもっと密にあったほうがいい。国境の優れた機能は制度をローカルごとに設定し異なる文化圏が作られる点だ。

それは赤い餌を食べるグッピーと青い餌を食べるグッピーをつくる行為に他ならない。

 

産業が効率化するにつれ必要な労働は減り、グローバル化で文化は均質化する。だから世界的な雇用悪化と富の集中は当然の帰結だ。効率化とは異次元の文化的価値こそ俵の代替として重要で、差異は文化を生むから論理的に、差異を生む国境は皆が豊かになるために重要だ 。

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